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福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(モ)353号 判決 1973年5月31日

申請人 河原勲雄

右訴訟代理人弁護士 河野善一郎

同 三浦久

同 坂元洋太郎

同 吉野高幸

同 塘岡琢磨

同 安部千春

被申請人 西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役 吉本弘次

右訴訟代理人弁護士 村田利雄

同 植田夏樹

同 国府敏男

主文

一、申請人と被申請人間の福岡地方裁判所小倉支部昭和四六年(ヨ)第一八四号地位保全等仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和四七年三月三一日なした仮処分決定はこれを認可する。

二、本件異議後の訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判)

一、申請人

「主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との判決。

二、被申請人

「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。福岡地方裁判所小倉支部昭和四六年(ヨ)第一八四号仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決。

(当事者双方の主張)

一、申請の理由

1  申請人は、昭和三八年一一月電車またはバスによる旅客運送事業等を目的とする被申請会社(以下単に会社ともいう)に雇傭され、同社北九州恒見自動車営業所所属の運転士(ワンマンバス)として、就労していたが、会社は昭和四六年九月二三日以降右雇傭関係を否定し、かつ就労を拒否し申請人に対し同日以降の賃金を支払わない。

2  申請人は、昭和四六年一月二五日以降通常の形態と著しく異った勤務を続け、同年四月二九日から五月一六日までの間のみバス運転士として通常の乗務に就いて基準内賃金の外に基準外賃金の支給を受けていた。従って、申請人の平均賃金は右期間(ストライキの一日を控除すると一七日間)に支給された賃金を基礎にして算出されるべきところ、これを計算すると平均日給三、一七〇円、平均月給九万五、一〇〇円となる。

しかして、会社の賃金計算は前月末日締切り、毎翌月二三日が支給日であるから、申請人は会社に対し同年一〇月二三日かぎり九月分八日間の金二万五、三六〇円、同年一一月以降毎月二三日かぎり金九万五、一〇〇円の賃金請求権を有することとなる。

3  申請人は会社から支給される賃金のみを唯一の生活の源泉とする労働者であり、妻子を養っている者である。従って、賃金の支払を停止されている現在、申請人一家は著しい困窮に陥っており、申請人の蒙った精神的肉体的打撃も大なるものがある。これらの精神的、経済的損失が早急に回復されなければ、申請人に将来回復しがたい損害を与えるおそれがある。

よって、申請人は被傭者としての地位の保全と賃金相当金員の支払を求めるため、「申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。被申請人は申請人に対し、金二万五、三六〇円および昭和四六年一一月以降本案判決確定に至るまで、毎月二三日かぎり金九万五、一〇〇円を仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との仮処分申請(昭和四六年(ヨ)第一八四号)をしたところ、「申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。被申請人は申請人に対し金二万一七六円および昭和四六年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二三日かぎり金七万五、六六〇円を仮に支払え。申請人その余の申請を却下する。申請費用は被申請人の負担とする。」旨の主文第一項掲記の仮処分決定を得たので、その認可を求める。

二、申請の理由に対する被申請人の答弁と主張

1  申請の理由1は認める。

2  申請の理由2のうち、賃金支給日が毎月二三日であることは認めるが、その余は否認する。申請人の平均賃金は日額二、五二二円である。

3  申請の理由3のうち、申請人がその主張のような仮処分申請をし、仮処分決定を得たことは認めるが、その余は争う。

4  被申請人は、申請人に対し昭和四六年九月二三日付で懲戒解雇の意思表示をし、右意思表示は同月二七日申請人に到達したから、労働契約はこれによって終了した。右解雇の理由は次のとおり就業規則六〇条一三号および一五号(五九条三号)にもとづくものである。

(1) 就業規則の内容

「六〇条一三号、一五号」

社員が次の各号の一つに該当するときは、論旨解雇または懲戒解雇に処する。ただし、情状により出勤停止にとどめることがある。

13 第六条の遵守義務のある者が、私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき

15 前条各号の一つに該当しその情状が重いとき

「五九条三号」

社員が次の各号の一つに該当するときは、情状により譴責、減給または出勤停止に処する。

3 正当な理由なく上長の職務上の指示、会社の諸規程、通達などに従わなかったとき

「六条」

所定の職務に従事するものは、勤務中私金を携帯もしくは所持してはならない。私金をもって出勤した場合は、ただちに所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲および私金の取扱については別に定める。

(2) 会社は就業規則七条(社員が、業務上の正常な秩序維持のためその携帯品および所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない)にもとづき所持品検査を行っているが、昭和四六年五月一五日、北九州市恒見自動車営業所(宿直室)において当日午前勤務終了者について所持品検査を実施することとし、同日午後〇時五〇分頃申請人が午前中の大里線3A乗務を終了して恒見営業所に帰庫し精算および点呼を受け終ったので、山崎主任および中村指導助役が宿直室において申請人に対し所持品検査を行なったところ、申請人の上衣左胸ポケットから八ツ折りの一、〇〇〇円札一枚が発見された。そこで、驚いた山崎主任がその一、〇〇〇円札の出所について申請人に説明を求めたところ、申請人は、当初右一、〇〇〇円札は同年四月三〇日毎日新聞労組から資金カンパとして貰ったものであるとか、五月一三日に上衣を営業所の乗務員控室に忘れたことがある、また同月一四日に営業所の風呂に入ったので、どちらかの時に誰かにポケットに入れられたと思うと供述したが、その後の調査によっても申請人の供述内容を認めるに足りる資料はなく、結局、右一、〇〇〇円札は私金の証明がつかない金銭であり、私金携帯を禁止されている申請人が勤務中右一、〇〇〇円札を携帯していた行為は、就業規則六〇条一三号に該当する。

(3) 申請人は、右一、〇〇〇円札が発見された五月一五日午前五時一八分大里線3A乗務のため恒見営業所に出勤したのであるが、勤務開始前の所持品の点検を不完全にしか行なっておらず、これは私金の取扱について定めた会社の規定に違反するもので、就業規則五九条三号に該当する。さらに、申請人は、同年一月二四日勤務中私金(一〇〇円札)を掲帯し、本件発生の僅か一七日前の四月二七日に右行為について会社に始末書を提出し、今後出勤するときは必ずポケット等について検査し、十分確認のうえ誓約書(私金不所持)に捺印することを遵守する旨明らかにしているのであるから、その情状は重く、申請人の右違反行為は就業規則六〇条一五条に該当する。

≪以下事実省略≫

理由

一、申請の理由第1項ならびに被申請人主張の会社の就業規則の内容および被申請人主張の経緯をもって申請人に対する所持品検査がなされ、申請人の上衣左胸ポケットから一、〇〇〇円一枚が発見されたこと、会社が右一、〇〇〇円札所持を理由として就業規則六〇条一三号を適用して申請人を懲戒解雇したことは当事者間に争いがない。そこで、本件事案につき会社が同規則六〇条一三号を適用することができるか否かが争点となっているので、以下申請人の主張(懲戒解雇の無効性)の順序に従ってこれを検討する。

二、就業規則六〇条一三号の有効性

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が疎明される。

1  被申請会社は電車約七〇〇台、バス約二九〇〇台、現業職員約八〇〇〇人を有し、乗車賃が収入の大部分をなしているが、乗務員等による乗車賃の不正領得が以前から相当数発生し、最近七年間を通じ会社が発見したものだけでも三八四件に達している。そこで乗車賃を不正に隠匿していた者に対しては、会社では就業規則六〇条九号(許可なく会社の金銭、物品を持ち出しまたは持ち出そうとしたとき、もしくは私用に供しまたは供そうとしたとき)または一一号(会社の現金、乗車券その他有価証券もしくは遺失物処理規則に定める遺失物を許可なく私用に供しまたは供そうとしたとき)により懲戒解雇処分に付することにしている。

2  そのため被申請会社は諸々の方策を講じてチャージ防止に努めているが、その方策の一つとして就業規則七条に基づいて従業員に対する所持品検査を行っており、所持品検査により右三八四件のうち約三分の一の一二八件が発見された。

3  しかしながら、所持品検査を厳重に行ったとしても、勤務中の乗務員に私金の所持を認めていたのでは、所持品検査の際発見された金額が公金か私金かの区別がつかず、所持品検査自体が無意味となるので、就業規則六条において「所定の職務に従事する者は、勤務中私金を携帯もしくは所持してはならない。私金を持って出勤した場合は、ただちに、所属責任者にあずけなければならない。」と定め、乗務員は勤務に就く前に私金の有無を確認し、私金を持っていた場合には袋に入れて助役等の管理者に預け、私金を持っていない旨の誓約書に押印することになっていた。そしてこの扱いは、昭和四五年二月頃被申請会社八幡営業所で集団チャージ事件が発覚したり、同四六年一月申請人の後記一〇〇円札事件等が起ったりしたことに応じて厳しくなり、乗務員に交付する乗務の手引や掲示等によって周知徹底を図り、恒見営業所ではポケットの中のものを全部出して私金の有無を確認するよう指導していた。しかしながら本件発生当時でも出勤した乗務員が出勤簿の印と私金をもたないとの誓約書の印を同時に押し、ポケットを外から叩く程度で在中品をすべて出して調べることをしない例も多く、右の周知徹底も必ずしも充分とはいえなかった。

4  また就業規則六条の違反に対しては同五九条一七号において「第六条の遵守義務のある者が所定の手続を怠たり私金を携帯もしくは所持したとき」と定め、出勤停止以下の処分に付することとし勤務中私金か公金か判明しない金銭を携帯していた従業員に対しては、私金の証明がつかないものとして就業規則六〇条一三号によって懲戒解雇にする扱いであった。そして前記チャージ事件等の発生や就業前の私金確認の厳格化に応じて、被申請会社は従業員に対し右私金の証明につき厳しいものを要求するようになり、例えば申請人の後記一〇〇円札事件においては、申請人とその妻の供述がほぼ一致したにもかかわらず、私金の証明がつかないものとして右条号を適用して組合に懲戒解雇の提案をし、また従業員に対し社内報等を通じて「私金であることの証明は極めて厳格に取扱われ、家族等の単なる証言ではたりない。家族等が現金を手渡したと証言し、その金額が携帯所持していた現金と一致したとしても、手渡したとの証明がなされなければならず、手渡したことが証明されても、携帯所持していた現金がその私金と同一のものであることが証明されなければならない。」と指導教育を行っていた。そのためこの七年間に右条号を適用して懲戒解雇した事例二八件のうち、昭和四五年、四六年の二年間で二二件に達している。

5  ワンマンバスでは運転士(兼車掌)は乗客から直接料金を受取らない仕組みになっており、また受取ることを禁止されている。即ち、乗客は降車の際料金を直接料金箱に入れ、釣銭が必要な場合は乗客の金を運転士が予め用意している小銭の紙袋(一〇円硬貨が五枚入っているのと一〇枚入っているのとある)と両替し、乗客が自ら右紙袋を破って料金だけを料金箱に入れることになっており、運転士が直接金銭を受取ったりするとかえって乗客に不審を抱かれることになる。また一旦料金箱内の金庫に入った金銭は手を突っ込んで取り出すことはできない。しかしてこれらの方法は、前記被申請会社が講じているチャージ防止策の物的施設面における一つの表われである。

6  ワンマンバスの運転士は乗車前料金箱(空箱)と袋入りの両替金五五〇〇円(一〇〇円袋四〇箇、五〇円袋三〇箇)釣銭一〇〇円(五円硬貨二〇枚で子供の客の釣銭に用いる)を受取り、車内の所定の場所に備え付ける。勤務が終了して入庫すると、運転士は料金箱から料金の入っている金庫を抜き取り(そうすると金庫は自動的に施錠される)、両替金と釣銭の残りと共に精算所へ持って行き精算を受けることになっている。その際金庫は施錠のまま精算係に渡し、両替金は乗客から受取った両替済みの金員と併せて五五〇〇円になる建前であり、釣銭もいくら使用したかが判明するわけである。

7  以上のような料金取扱いの方法であるのでワンマンバスでは本来料金の抜き取りは起り得ないのであるが、八〇パーセントワンマンバスに変った現在においても、合鍵で金庫をあけるとか針金で料金箱から金銭を吊上げるとか料金箱に入った料金を受皿にためておき金庫に落さないで抜き取るとかの方法で料金抜き取りが後を絶たない状態である。

(二)  被申請会社のように電車、バスによる旅客運送事業を営む会社にとっては、乗車賃が収入の大部分をなすものであり、企業存立の根幹をなすものであるから、その適正な管理をなすべき要のあることはいうまでもないことである。しかして乗車賃の大部分は、特にワンマンバスにおいては、監督者あるいは同僚の目から離れた営業所の外で乗務員により収受がなされるものであるから、乗車賃等の公金と乗務員の私金とを厳格に区別し、乗務員による不正行為を誘発しないようなされなければならないこともいうまでもないことである。ワンマンバスにおいて運転士が最少限料金収受に関与するようになっていることも、不正行為防止の目的のための一つの重要な方法ではあるが、そのような料金扱いの仕組みになってからも乗務員による料金抜き取りが後を絶たず、かつ不可能ではない以上、就業規則において所持品検査を定め(七条)、勤務中私金携帯を禁止すること(六条)も、特にワンマンバスの乗務員については、やむをえないというべきである。そうすると、私金携帯を禁止され乗務前に私金の有無を確認し私金を持たない旨の誓約書に押印するよう定められている乗務員が、所持品検査等の機会に金銭を携帯していることが発見された場合は、その金銭は公金であるとの事実上の推定を受けるものというべく、かかる場合に乗務員に私金であることの証明の責任を負担させても、必ずしも苛酷とはいえないと解すべきである。このことは、前記のとおりワンマンバスの乗車賃の収受が乗務員のみが関与して行われるので、会社において乗務員が携帯していた金銭が公金であることを立証することは困難であるに反し、乗務員においては自己の私金のことであるからその証明は比較的容易であると思われることに照らしても、肯認されることである。

(三)  ただこの点において、度重なる料金抜き取り事件や私金携帯禁止を厳格に指導するようになり、私金の証明につき厳格なものを要求するようになったこともある程度はやむをえないというべきであるが、右私金の証明を著しく厳格に解釈し従業員に困難な証明を強いることになったとすれば問題である。けだし、そうすることは必要以上に会社の便宜を重視し従業員に苛酷な結果をもたらすばかりでなく、私金携帯禁止に違背した場合の罰則たる就業規則五九条一七号(出勤停止以下の処分を科される)の適用の余地がほとんどなくなるからである。特に前記疎明のとおり、被申請会社が「家族等が現金を手渡したと証言し、その金額が携帯所持していた現金と一致したとしても、手渡したとの証明がなされなければならず、手渡したことが証明されても、携帯所持していた現金がその私金と同一のものであることが証明されなければならない」と指導教育しているが、これを私金携帯禁止を厳格に教育しこれに違反した場合の警告としての表現としてならともかく、就業規則六〇条一三号を適用する際の私金証明の基準にすることは、従業員に対し不可能を強いることになり、不当な結果を招来するに至ることは明らかである。

(四)  なお、就業規則六〇条一三号の規定が、乗車賃を適正に管理し乗務員の不正を防止するためにあることからすると、乗務員は私金の証明をすることに代えて公金(料金等)でないことの証明をもって足りると解すべきである(多くの場合この証明は同じことであるが、本件の場合のように秘かに他から入れられたと主張するときは実益がある。)。そして諸般の状況から公金でない可能性が大きいとみられるときは、実質的に公金でないことの証明がなされたのと同一の評価を与えるのか、就業規則六〇条一三号の前記目的に合致する所以であるものというべく、ひいては就業規則六〇条一三号の「私金の証明がついた」のと同視すべきであり、同条号を右のように解するかぎり従業員に苛酷な結果をもたらすことはないから、同条号を民法九〇条に違反して無効であるとする申請人の主張は採用することができない。

(五)  申請人は、同条号は「公金であるとの合理的な疑いが客観的に存する場合に」との前提条件を付して解釈すべきであると主張するが、同条号を右のように解釈する限り、その必要はないものというべく(結論においてはほぼ同じことになろう)、右主張も採用しない。

三、本件一、〇〇〇円札が就業規則六〇条一三号の「私金の証明がつかない金銭」に該当するか否か。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が疎明される。

1  申請人は、本件当日午前五時四八分恒見営業所を出発して大里線3Aのバス運転業務に従事し、午後〇時四五分同営業所に帰所し乗務を終ったのであるが、乗務開始時に乗客用両替金として五、五〇〇円(一〇〇円(五〇円硬貨一枚、一〇円硬貨五枚)入り両替金袋四〇個、五〇円(一〇円硬貨五枚)入り両替金袋三〇個)および釣銭一〇〇円(五円硬貨二〇枚)を受取り、帰所後精算所において両替金の精算をしたところ、過不足なしということで(この事実は当事者間に争いがない)、申請人は精算係に対し両替済金三、二五〇円、すなわち、一、〇〇〇円札一枚、一〇〇円札一八枚、一〇〇円硬貨二枚、五〇円硬貨五枚を提出した。

2  申請人の乗務した区間内の大人の最高料金額は九〇円、最低料金額は三〇円であり、申請人の乗務時間内の乗客総数を示す整理券は五二九枚、料金箱内の金庫に収納された料金は現金九、五六〇円(一〇〇円札七枚、五〇円硬貨五八枚、一〇円硬貨五八〇枚、五円硬貨二九枚、一円硬貨一五枚)回数券四三枚一、四二五円であって、右料金合計一万九八五円であった。

3  申請人が乗務した区間のうち、営業所・浦中間は保安のため車掌が乗務し、営業所・藤松間のみが純然たるワンマン勤務であったが、乗車料金の収納についてはすべて申請人がこれに当ったものである。

4  もともと、右区間の運行中一、〇〇〇円札が料金として料金箱に入ることはごくまれであり(団体客が乗車した場合が考えられる)、本件全疎明によるも一、〇〇〇円札が料金箱に投入されたことを認めるに足りる資料はない。もっとも、一、〇〇〇円札が両替金として運転手に提出されることは時々ある。

5  なお本件前日の五月一四日被申請会社では全面二四時間ストライキが行われ、申請人は勤務してないしもちろん料金を取扱っていない。

(二)  以上認定の事実を前提にして本件一、〇〇〇円札が就業規則六〇条一三号にいう「私金の証明がつかない金銭」に該当するか否かを検討するに、まず本件一、〇〇〇円札が私金、公金のいずれかであるかを積極的かつ断定的に証明するに足りる資料は本件においては存在しない(申請人は本件前日の五月一四日晩営業所浴場において入浴中、更衣室の壁にかけていた申請人の上衣胸ポケットに何者かが秘かに挿入したと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない)。そうなると、前説示のように同条号の適用においては、諸般の状況から本件一、〇〇〇円札が公金でない可能性が大きいとみられるときは、実質的に公金でないことの証明、すなわち私金の証明がなされたのと同一の評価を与えるべきである。勿論、被申請人の主張するように、可能性の大小ということは不確定な判断基準であることは否定できない。しかしながら、使用者の直接の監督を受けることなしに単独で乗車料金あるいは両替金などの現金の収納取扱いに従事するワンマンバス運転手という業務の性質あるいは前認定のとおり料金の不正抜取りいわゆるチャージの事例が後を絶たないという特殊の事情はあるが、本来労使関係は使用者、従業員間の信頼関係を抜きにしては成立し得ないものであり、被申請人の行なう乗務員に対する所持品検査も止むを得ないいわば必要悪として認められるものである以上、「私金の証明がつかない」という規定を文字どおり厳格な文理解釈をもって適用し、かつ労働者にとっては極刑に等しい懲戒解雇をもって律することは、労働者に認められた基本的人権を侵害するおそれなしとしない。本来懲戒解雇事由は使用者側にその立証責任があるのであるから、その例外的場合を規定する本条号の規則の適用においては、当然その立法の趣旨目的からする機能的合理的解釈がなされなければならない。そうであるとすれば、本件のように私金、公金いずれとも積極的に証明できないような場合、労働者側が立証責任を負う私金であるというテーマに代わる公金でない可能性が大であるとみられるときは、実質的に公金でないことの証明すなわち私金の証明がなされたことになるのであって、これを否定するためには使用者側に公金である可能性が大なることを反証する必要があり、右反証のないかぎり、本条号の適用においては私金の証明がついたものと解される。これを本件についてみるに、申請人が所持していた本件一、〇〇〇円札が、申請人によって乗務中不正に取得された料金すなわち会社の公金であると仮定した場合、想定され得る取得方法は次のとおりである。すなわち、(1)料金箱ないしは金庫からなんらかの方法で直接一、〇〇〇円札を抜き取るか、(2)料金箱ないしは金庫から一、〇〇〇円相当の小銭を抜き取って貯めておき乗客が一、〇〇〇円札を出して両替を求めたとき右の小銭を乗客に渡して一、〇〇〇円札を受取るか、(3)乗客から直接運賃を受取って料金箱には入れずに一、〇〇〇円相当に達するまで手許に小銭を貯めておき一、〇〇〇円札と両替するか、(4)両替の際に釣銭のみを乗客に渡し、残った料金相当金(金種は五〇円硬貨か一〇円硬貨)を料金箱に投入せずに手許に貯めておきそれが一〇〇円近く(あるいは五〇円)貯まる毎に両替を求められた一〇〇円札(または一〇〇円硬貨)あるいは五〇円硬貨と交換し(釣銭のみを乗客に渡し)、一、〇〇〇円札の両替を求められたときに手許に貯めた一、〇〇〇円と両替交換するか(5)入手金額が一、〇〇〇円程度になるまで(2)ないし(4)の方法を組合わせ併用し、一、〇〇〇円札と両替するかであろう。申請人が右(1)あるいは(2)の方法を執ったと推定される可能性は、前記(一)4の認定事実あるいは申請人がワンマン勤務をした区間、待合わせ時間等をあわせ考えると、極めて小である。次に(4)の方法による可能性についてみるに、前認定の当日の申請人の両替精算状況からすると、その可能性は考えられない。すなわち前掲各証拠によると、申請人が三、二五〇円を両替したということは一〇〇円入り両替金袋三〇個、五〇円入り両替金袋五個が交換されたことを意味し、そのうち一、〇〇〇円札は申請人が乗客のため両替したことおよび一、〇〇〇円は申請人が門司駅に待機中同僚の大屋運転手を両替したことが明らかであるから、申請人がかりに右(4)の方法を執ったとしたら交換済みの一〇〇円袋三〇個から右二、〇〇〇円相当の一〇〇円袋二〇個を差引いた一〇個(一、〇〇〇円)についてでなければならない。ところで申請人の勤務した区間内の最高料金は九〇円であるから、(4)の方法で一、〇〇〇円近くを入手するには少くとも一〇〇円袋一〇個以上が両替として使用される必要があり、申請人の勤務中、乗客から一〇〇円の両替を求められたことが皆無という結論になる。また、精算時に明らかとなった五〇円袋五個がこれに使用されたとすると、一〇〇円袋は八個使用されたこととなり、五〇円の両替を求められたことが皆無ということになる。そうすると、これは本件後会社が行なった申請人の乗務路線における両替金精算状況の調査の結果により認められる毎日相当数の一〇〇円札あるいは一〇〇円または五〇円硬貨が実際に両替されているという事実と著しく矛盾する。また、かりに(3)の方法を執ったとしたら、申請人の手許には金種としては一〇円と五〇円の硬貨が大部分(最高料金九〇円であるから)であろうから、これらの一、〇〇〇円近い小銭を直接一、〇〇〇円札と両替するとは通常考えられず、その前にこれらの小銭をさらに両替を求められた一〇〇円札あるいは硬貨または五〇〇円札と両替して手許に貯めておくという迂遠な方法を執らねばならず、極めて煩瑣であり、かつワンマンバス運転手のチャージ事件ということは新聞などの報道を通じて一般人にも相当程度知れ渡っていたのであるから、特に後記一〇〇円事件に関係した申請人として、あえて乗客の眼前での手渡しという危険を冒してまでかかる方法を執るであろうか、その可能性また極めて小である。次に右(2)ないし(4)の方法を組合わせ併用する(5)の方法について考えるに、前記のように(2)ないし(4)の各方法については、本件の場合いずれもその可能性を想定しがたい事情があり、しかも入手小銭をさらに手渡し式により両替するという煩瑣、迂遠性および乗客に怪しまれるという危険性を冒してまで申請人がかかる方法を執ったという可能性も極めて小である。

(三)  右認定事実に加うるに、申請人の当日の運行区間では一日で一、〇〇〇円札一枚を抜き取ることは、不可能とまではいえないとしても、著しく困難であること、乗客その他第三者から抜き取り等の不正行為が通報された形跡はないこと、被申請人も申請人が具体的にどのようにして一、〇〇〇円札を抜き取ったかにつき調査しておらず、したがって公金であるとの確証はつかんでいないこと、申請人は本件当日乗車前の私金確認を不十分にしか行わなかったので、それ以前なんらかの経路で胸ポケットに入った一、〇〇〇円札が看過された可能性もありうること、等の事実を総合すると、本件一、〇〇〇円札は公金でない可能性が非常に大きいものといわざるを得ない。

そして、本件においては、本件一、〇〇〇円札が会社の公金である可能性が大であることについてこれを窺わせるに足りる疎明はないのであるから、申請人において既に公金でないことの証明がなされたものというべく、就業規則六〇条一三号の適用においては「私金の証明がついた」といわざるを得ない。

(四)  よって、その余の争点について判断するまでもなく、申請人が本件一、〇〇〇円札を携帯していたことをもって、就業規則六〇条一三号を適用して申請人を懲戒解雇に付することはできないものというべきである。

四、就業規則六〇条一五号(五九条三号)の適用の有無

(一)  ≪証拠省略≫によると次の事実が疎明される。すなわち、

1  申請人は昭和四六年一月二四日夕方の所持品検査の際、ズボンのポケットに一〇〇円札が入っているのを発見され、また同時に営業所の外に駐車してあった申請人の自家用車から現金一、三〇〇円が発見された。そこで被申請会社では右の各金員を私金の証明がつかないものとして、同年二月一六日組合に対し申請人を就業規則六〇条一三号によって懲戒解雇する旨の提案をしたところ、申請人は福岡地方裁判所小倉支部に被申請会社を相手として解雇禁止等を内容とする仮処分の申請をした。しかし右一〇〇円札については申請人の妻が当日の朝申請人に手渡したとの供述があり、会社と組合も労使協議会で協議の結果私金携帯禁止の徹底がお互いに足りなかったことを確認したため、会社は解雇提案を取下げ、組合の同意を得て、同年四月二七日勤務中私金を携帯したものとして申請人を一〇日間の出勤停止処分に付し、右の問題は解決した。その際申請人は不注意に私金携帯したことを謝罪し、以後出勤の際ポケット等について私金の有無を十分確認することを誓う旨の始末書を会社に提出し、同日申請人はそれまでなされていた出勤禁止を解除され復職した。

2  以上の事件があったので、申請人は復職以後私金の取扱いには特に注意を払い、出勤時の私金確認の際も努めてポケットの中のものを全部出して調べるようになり、申請人の妻も申請人の制服のポケットを時々念入りに調べるようになった。ところが本件当日申請人は寝過したことと自家用車の整備に時間がかかったため、出勤時間の午前五時一八分ぎりぎりに営業所にかけつけ(そのため申請人の妻がポケットを調べる時間がなかった)、急いで乗車の用意をしたが、私金の確認はポケットに手を突っ込み、特に胸ポケットについてくしや食券を七分程度つまみ上げただけで、ポケットの在中品を全部出して調べることはしなかった。

3  申請人は本件懲戒解雇に至るまで、右一〇〇円札事件によるものの外会社から何の処分も受けていない。

(二)  被申請人が就業規則六条において私金携帯禁止を定め、出勤前に厳重な私金確認を行なうよう指導教育を行っていることは、就業規則五九条三号の「上長の職務上の指示、会社の諸規程」であることは明らかであり、申請人が本件当日私金の確認を充分に行わなかったことは前記疎明のとおりであるので、申請人は同条号に違背したものといわざるを得ない。しかも前記のとおり、申請人は以前にも勤務中私金を携帯したため出勤停止一〇日間の処分を受け、始末書を提出して以後私金確認を充分行う旨誓ったにもかかわらずこれに違背したわけで、その限りでは情状必ずしも軽いとはいいえないが、申請人は本件前日までは厳重に私金確認を行っていたところ、当日は遅刻しそうになったため不注意に陥ったものであって、ことさらに被申請会社の方針に反抗する等の悪意があったとは認められないこと、被申請会社内では、未だ従業員に対し厳重な私金確認の周知徹底が完全に行き渡ったとは見られないこと、就業規則六〇条適用の効果が労働者の死命を制する懲戒解雇または論旨解雇であること、申請人は右出勤停止以外会社から処分を受けたことがないこと等の事情をも考慮すると、未だ就業規則六〇条一五号にいう「その情状が重いとき」には該当しないものというべきであって、同条号を適用して申請人を懲戒処分に付することはできない。

五、以上判断したところからすると、申請人に対する本件懲戒解雇の意思表示は、懲戒解雇事由がないのにあるものとしてなされたもので、その効力を生ずるに由なく、申請人は被申請人に対し、なお労働契約上の権利を有しているというべきである。しかして、≪証拠省略≫によると、申請人の昭和四六年四月二七日から五月三一日までを基準にして計算した申請人の平均賃金は日額二五二二円(一ヶ月三〇日として月額七万五六六〇円)であること、被申請人は解雇の翌日以後申請人の就労を拒否しており、賃金の支払期日が毎月二三日であること(当事者間に争いがない)、その額は前月分を基礎にして算出されることが疎明され、かつ申請人は同年九月二二日分までの賃金を受領したことは認めるので、申請人は同年一〇月二三日限り九月残日数八日分金二万一七六円、同年一一月以降毎月二三日限り各金七万五六六〇円の賃金請求権を有しているものというべきである(それ以上の賃金請求権を有する疎明はない)。

六、前掲各証拠によると、申請人は妻と二人の子(九才と四才)を抱え、被申請会社から支給される賃金を唯一の収入源として生計を維持してきたものであるが、本件懲戒解雇後は妻と共に一時的になしている新聞配達の収入と申請人を守る会からの応急的援助金とで辛うじて生活しているものの、会社から従業員としての地位を否定され賃金が支払われないことにより、生活が困窮しこれからも著しい損害を蒙るおそれがあることが疎明される。

七、よって、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することを仮に定め、被申請人が申請人に対し昭和四六年一〇月以降本案判決確定まで毎月二三日かぎり前記認定の賃金額の仮払いを命じた主文第一項記載の仮処分決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森永龍彦 裁判官 寒竹剛 柴田和人)

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